2012年9月 オランダ アムステルダム ダム広場からアンネ・フランクの家へ

 旧教会から歩いて10分ほどでダム広場に到着。

 戦没者慰霊塔が立つ。
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 広場にハトがいるのはヨーロッパでもおなじみの光景。
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 観光馬車とトラムが行き交う。
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 歴史的建造物が建ち並ぶダム広場。
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 ダム広場の南側にはマダム・タッソーろう人形館。
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 西側には王宮。
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 今でも王室の公式行事に使われている。
 この日は公式行事のためお休み。
 なお、王室は現在、アムステルダムではなくハーグにある。
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 観光客が集うダム広場。
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 ダム広場の北にある新教会。
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 旧教会と比較して新教会と名前がついているが、こちらも15世紀からの歴史を持つ。
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 新教会にもパイプオルガンがあった。
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 ダム広場から南に伸びるカルファー通りの商店街。
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 日本関係のお店はよく見かける。
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 旧中央郵便局を改装したマグナ・プラザはショッピングセンターとなっている。
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 ダム広場から西に向かって歩き、3つの運河を渡ると、西教会に到着する。
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 西教会の前にたたずむアンネ・フランク像。
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 西教会のすぐ北にはアンネ・フランクの家。
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 入場待ちの列が伸びる。
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 左手の建物が隠れ家があったアンネ・フランクの家。繋がる右手の建物も資料館となっている。
 ナチスのユダヤ人迫害から逃れてドイツからオランダに移住、1940年7月のナチスのオランダ侵攻に伴い、1942年7月からの隠れ家生活を開始し、1944年8月の発見・連行されるまでの2年間を過ごした。
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 アンネ・フランクの家はプリンセン運河のそばにある。
 両親と引き離されて収容所に送られたアンネは姉マルゴーと同じくチフスで1945年3月に短い生涯をとじた。
 母エーディトも収容所で亡くなり、唯一、生き残った父オットーが戦後、日記の出版やこの資料館の開設に力を尽くすこととなる。
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 アンネも毎日聞いたであろう西教会の鐘が鳴り響く。
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 すぐそばにある運河の光景をアンネが見ることはなかった。
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